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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)10226号 判決 1985年9月17日

原告

熊沢密之助

右訴訟代理人弁護士

雨宮秀雄

被告

三瓶忠春

右訴訟代理人弁護士

太田耕造

主文

一  被告は原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する昭和五六年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三五〇万円及びこれに対する昭和五六年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2(1と選択的)

被告は原告に対し、金三五〇万円及びこれに対する昭和五五年一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(請求の趣旨1の請求。以下「甲請求」という。)

一  請求原因

1  原告と被告は、昭和五五年一月八日、左の約定で左の建物(以下「本件建物」という。)の建築請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

(一) 建築場所 神奈川県中郡大磯町生沢九三〇番地(以下「本件土地」という。)

(二) 建物の構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅

一階 三〇・五坪、二階一三・七五坪

(三) 代  金 一一四〇万円

2  原告は、同日、被告に対し、右代金の内金として金三五〇万円を支払つた。

3  ところが、本件土地に問題が生じたため、原告と被告は、同年二月中旬ころ、本件請負契約の内容を次のとおり変更する旨の合意をした。

(一) 建築場所は、原告が新たに選定する場所とする。

(二) 被告がこれまでに支出した費用は、原告において負担する。

4  原告は、昭和五六年四月二一日付の内容証明郵便をもつて、被告に対し、右3(一)の約定に基づく新たな建築場所を示して、右通知到達後一か月以内に建築に着手するよう催告するとともに、右期間が経過したときは、被告との建物建築請負契約を解除する旨の意思表示をし、右通知は同月二二日被告に到達した。

5  同年五月二一日が経過した。

6  よつて、原告は、被告に対し、契約解除による原状回復請求権に基づき金三五〇万円及びこれに対する右解除の日の後である昭和五六年八月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

3  同4の事実は認める。

(請求の趣旨2の請求。以下「乙請求」という。)

一  請求原因

1  甲請求の請求原因1、2と同じ(本件請負契約の締結と、請負代金の内金として金三五〇万円の交付)。

2  ところが、本件土地は、都市計画法上市街化調整区域に指定されており、本件土地における建物の建築は原則として許されず、既存の建物の増築のみが認められているにすぎない。本件請負契約は、建物新築の請負契約であるから、原始的に不能な契約で無効である。

3  被告は、本件請負契約締結時において、これが原始的に不能であることを知つていた。

4  よつて、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき金三五〇万円及びこれに対する受領の日の翌日である昭和五五年一月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件土地が、都市計画法上市街化調整区域に指定されており、かかる性質の土地上への建物の建築は原則として認められないことは認め、その余は否認する。本件土地に隣接する土地上には訴外西山が建物を所有しており、その建物の取毀しを訴外西山が承諾するならば、本件土地上への建物の建築は可能であり、また訴外西山が右取毀しに応ずることもあり得たのだから、本件請負契約は原始的に不能とはいえない。

3  同3の事実は否認する。

三  抗弁

1(契約締結上の過失)

(一)  仮に、本件請負契約が原始的に不能で無効であるとしても、原告は、本件土地が市街化調整区域であるので、建物を新築できるかどうか十分調査のうえ請負契約を締結すべき義務があるのにかかわらず、訴外西山名義で建築確認がおりたこともあつて、右土地上に建物が新築できるものと軽信し、右建築確認書を被告に呈示して、被告をして本件請負契約に応ぜしめ工事に着工せしめるという過失行為を行つた。

(二)  被告は、原告の右過失(不法行為)により左の損害を被つた。

(1) 被告は、訴外西山に対し、基礎工事代金として金六六万三七五〇円を支払つた。

(2) 被告は、訴外有限会社松山工務店に対し、大工手間賃として金四〇万円を支払つた。

(3) 被告は、訴外安藤木材株式会社に対し、材木購入のため金二五〇万円相当の債務を負担した。

(4) 被告は、本件請負契約の工事代金一一四〇万円から実質的経費金九九八万五七五〇円を差引いた金一四一万四二五〇円の利益を得るはずであつた。

(三)  被告は、原告に対し、昭和五八年一月一九日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償債権をもつて、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

2(現存利得の不存在)

被告は、金三五〇万円の受領後右1(二)(1)ないし(3)記載のとおり費用を支出し又は債務を負担したので、現に利益が存しない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は否認する。同1(二)(1)の事実のうち、被告が訴外西山に基礎工事代金を支払つたことは認めるが、その金額は否認する。同1(二)(2)及び(3)の事実は不知。同1(二)(4)の事実は否認する。

2  同2の事実に対する認否は、同1(二)(1)ないし(3)に対する認否と同じである。

五  再抗弁

仮に、原告に契約締結上の過失があるとしても、

1  被告も建物建築業者であり、本件請負契約が原始的に不能であることを知つていたか知りうべきであつたのだから、原告は責任を負わないというべきである。

責任を負うとしても過失相殺がなされるべきである。

2(一)  不法行為時から三年を経過した。

(二)  原告は、本訴において右時効を援用する。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。

2  同2の主張は、民法五〇八条により主張自体失当である。

第三  証拠<省略>

理由

一甲請求について

1  請求原因1及び2については当事者間に争いがない。

2  そこで、同3の事実につき検討する。

<証拠>を総合すれば次の事実が認められ、この認定に反する<証拠>は前掲各証拠に照らしてにわかに措信できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告は、昭和五五年一月八日の本件請負契約成立後間もなく工事を開始した。

(二)  ところが、同年二月二〇日ころ、本件工事の建築確認に疑義があることが神奈川県建築課に発覚し、工事の停止を求める建築基準法上の措置がとられた。そこで原告は、被告をして本件工事を中止せしめるとともに、工事続行の可能性を探るべく、県の建築課に対し運動を行うことにした。

(三)  原告は、工事中止後、被告に対し、県に対して運動していることを告げるとともに、仮に本件土地上に本件建物を建築することが不可能ならば、代わりの土地を見付けるので、本件建物と同様の建物を建築してほしい旨を述べ、被告は、その場合には原告の申出に応じてもよい旨返答していた。

(四)  原告は、同年六月ころまで県に対する運動を続けたが、結局、本件土地上に本件建物を建築することは不可能であることが明らかになつたので、これを断念し、被告をして代わりの土地に建物を建築させることにした。

(五)  そこで、原告は、同年夏ころ、訴外高木某をして、当時福島にいた被告に対し、本件土地に代わる土地が見付かつた旨の連絡をさせた。右連絡に対する被告の応答は必ずしも明らかではないが、少なくとも特段の異議を申し述べなかつた。

以上のとおり、被告は、工事中止当初、代わりの土地を見付けるので本件建物同様の建物を建築してほしい旨の原告の希望に対し、それに応じてもよい旨返答し、その後昭和五五年夏ころ、代わりの土地が見付かつたので右建築をしてほしいとの原告からの連絡に対し、格別の異議を述べなかつたことが認められる。しかし、右事実から直ちに原告の主張するごとく、本件請負契約につき建築場所を変更する旨の合意が成立したと認めることはできない。なぜなら、工事着工後の建築場所の変更は、必然的に、すでに支出された費用の清算を含めた新たな請負代金額、工期、建物の構造その他の請負契約の内容の変更を伴うのが通常であると解されるところ、本件全証拠によるも、これらの内容の変更に関する交渉、合意がなされたことを認めることはできず、かえつて<証拠>によれば、昭和五六年四月二三日ころ、原告及び被告は右費用の精算等につき交渉したが、結局その点につき合意に至らず、被告が代わりの土地で建築することを拒絶したことが認められるからである。

したがつて、請求原因3の事実を認めることはできず、甲請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

二乙請求について

1  請求原因1については当事者間に争いがない。

2  請求原因2について

(一) 同事実のうち、本件土地が都市計画法上市街化調整区域に指定されており、本件土地上における建物の建築が原則として許されないことは当事者間に争いがない。右争いのない事実に、前記一2で認定した各事実、<証拠>を総合すれば次の事実が認められ、この認定に反する<証拠>は前掲各証拠に照らしてにわかに措信できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 本件請負工事は、建築業者である原告による建て売りを目的とする居宅の新築工事であるが、その敷地である本件土地は、市街化調整区域内に存在しており、本件工事は、都市計画法上市街化調整区域内における建築のために必要とされる知事の許可(同法第二九条、第四三条一項)を要しない例外的な場合(同法第二九条ただし書き、第四三条一項ただし書き)に当たらず、また右許可を得るために充足すべき同法上の基準(同法第三三条、第三四条、第四三条第二項)にも該当しない。

そして、原告は、右の許可の申請をしておらず、また、仮に、原告が本件工事につき右の許可の申請をしたとしても、右に述べたところからすれば、右の許可が与えられることはない。

(2) 原告は、本件土地上に本件建物を建築することは都市計画法上許されない工事であることを知りつつ、工事の内容を同法に定める知事の許可が不要な工事であるかのように偽り、本件土地の隣地上に居宅を有する訴外西山の承諾を得て同人名義で、同人の居宅の改築名下に建築確認を申請し、右確認を得た。

一方、被告も本件土地が市街化調整区域であり、本来なら本件建物の建築は許されないこと及び原告の得た建築確認は、虚偽の内容の申請に基づくものであることを知りつつ、本件請負契約を締結した。

(3) 被告は、昭和五五年一月八日の本件請負契約成立後間もなく本件工事に着工したが、本件工事の建築確認に疑義があることが神奈川県建築課に発覚し、同年二月二〇日ころ以降、本件工事の停止を求める建築基準法上の措置がとられ、結局本件建物は建築できずに終つた。

(二) 右に認定した事実を総合すれば、本件請負契約は、都市計画法及び建築基準法に明らかに違反する契約であるばかりでなく、右違反が行政庁に直ちに発覚して、その結果工事の施行停止の止むなきに至ることが社会通念上明らかであつたと解するのが相当である。したがつて、右契約は、当初から社会通念上実現不可能な内容を目的とするもので無効であると解すべきである。

3  請求原因3について

前記2(一)(2)記載のとおり、被告は、本件請負契約時に、本件土地は市街化調整区域で本来なら本件建物は建築できないこと及び原告の得た建築確認は虚偽の内容の申請に基づくものであることを知つていたことが認められるが、他方、<証拠>によれば、被告は、当時建築確認さえあれば、その内容が事実と相異しても、行政庁に露見することなく工事を遂行しうると考えていたことが認められる。したがつて、被告が本件請負契約が実現可能だと考えた点は軽率のそしりを免れないとしても、被告が本件請負契約が当初から実現不能で無効であることを知つていたと認めることは困難であると言うべきである。

4  そうであるとすると、原告の乙請求は善意の不当利得者に対する返還請求の限度で認められるから、次にこれに対する抗弁につき検討する。

(一)  抗弁1(契約締結上の過失)について

仮に原告に抗弁1(一)で主張される過失があつたとしても、被告は前記二3記載のとおり、本件土地が市街化調整区域であり本来なら本件建物は建築できないこと及び原告の得た建築確認は虚偽の内容の申請に基づくものであることを承知のうえで、その事実が行政庁に露見することなく本件工事は遂行することができると判断して本件請負契約の締結に応じたものであるから、被告が工事の不能により損害を被つたとしても、それはむしろ、被告自身が招いた結果と評価すべきである。したがつて、仮に原告に過失があるとしても、右過失と被告の損害の間には因果関係があるとは認められず、被告の主張は理由がない。

(二)  抗弁2(現存利益の不存在)

同抗弁で引用する抗弁1(二)(1)及び(2)の費用の支出については、被告が訴外西山に基礎工事代金を支払つたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と、<証拠>を総合すれば、被告は工事着工後、基礎工事を終え材木の加工工事の一部を行い、その費用は、訴外有限会社松山工務店に対し手間代として金四〇万円を、訴外西山に対し基礎工事代金として金六〇万円(六〇万円を若干上回る額と認められるが、六〇万円を超える額を確定することはできないので、六〇万円の限度で認定した。)をそれぞれ支払つたことが認められる。しかし、抗弁1(二)(3)の債務の負担に関しては、被告本人の供述の中にはこれに沿う部分もあるが、右供述は、それ自体必ずしも明確とはいえないし、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に照らすとにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

5  まとめ

本件請負契約は、無効であるから、原告が被告に交付した金三五〇万円は法律上の原因なくして交付されたものに帰し、うち金一〇〇万円は被告において利得を保有しないから、結局、原告の請求は金二五〇万円及びこれに対する支払命令送達の日の翌日である昭和五六年八月二五日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

三よつて、原告の乙請求は、主文第一項記載の限度で、理由があるのでこれを認容するが、乙請求のその余の請求及び甲請求は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官佃 浩一 裁判官小野憲一)

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